2012年07月06日

七夕のお話 その2

「 ささのは さ〜らさら のきばにゆれる
 お星さまキ〜ラキラ きんぎんす〜な〜ご 」


七夕抜き1a.png子供の頃は意味も解らず丸暗記で歌っていた童謡「たなばたさま」
今回、七夕伝説を調べるうちに、ふと疑問が湧いてきました。
「のきば」ってなんだろう? 「すなご」とは?
まぁ、何と言葉を知らないことか… 情けなくなります(笑)
そして、ちょっと調べたら、スッキリと疑問が解けました。
もしかしたら常識の範囲かもしれませんが…
七夕豆知識として少しだけお話させていただきます。

童謡や文部省唱歌の歌詞は 平仮名で書かれる事が多いので意味を推測するのが困難ですが、漢字を調べれば解決します!
「のきば」とは「軒端」と書き、軒の先端をさします。 和歌や古典によく登場する風流な単語です。 現在の言葉では軒下と思われがちですが、軒先(玄関先)と言った方が正確かと思います。
つまり、軒端にゆれる笹とは、家の戸外・表先に置かれた笹を示すと思われます。
七夕飾りは角松と同じく天に捧げるものなので室内には飾りませんものね。

041-horza.jpg

もう一つの「すなご」とは「砂粉」→「砂子」と書き、金銀砂子でひとつの言葉です。
金箔や銀箔を細かく粉のようにしたもので、伝統工芸品の蒔絵や襖の装飾などに用いられます。
金銀砂子を蒔いた状態が、空の星々 天の川を見立てた歌詞となったようです。
輝き、散りばめられた星たちを、当時、高価で貴重であったであろう金銀砂子のように美しいと表現したのでしょう。

七夕さまの歌詞で、お勉強させていただきました。

「たなばたさま」
作詞 権藤 花代・林 柳波、 作曲 下総 皖一 
JASRAC作品コード 046-0101-7




ラベル:軒端 歌詞 七夕
posted by 銀座ピアースビル at 18:25| 季節のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月05日

七夕のお話

銀座ピアースビルのサイネージ 七夕バージョン

七夕.jpg


織姫と彦星は年に一度しか逢えないのに、雨が降ると天の川が溢れて渡れないため逢う事ができない。 そう教わったように記憶していませんか?
梅雨の時期の晴天は、とても確率が低いので、2人が無事に逢えるよう願いながら短冊を書き、星空が見られる事を祈っていませんでしたか?
そんな「テルテル坊主」のような短冊に、なぜ自分の願い事を書くのでしょう?
もとより、なぜ織姫と彦星は年に一度しか逢えないの? 引き裂かれた恋人たちなの?
よくよく考えてみると、七夕とは???が多い行事であります。
今回は七夕にまつわる「なぜ?」について調べてみました。

ベガ&アルタイル.jpg梅雨の真っ只中の7月7日ですが、これは明治政府が歴を改めたためで、もともと旧暦で数えると七夕は現在の8月に当たります。
この時期の雨は多くはなく、織姫と彦星は年に一度の逢瀬を楽しんだと思われます。
そもそも、わし座 の1等星アルタイル(牽牛星)と こと座 の1等星べガ(織女星)に因んだ中国生まれの星の伝説なのですから、8月の夜空に燦然と輝き、雨で見られない事の方が稀だったと思われます。
伝説によると織姫は天女、彦星は牛飼いの人間とされ、2人は れっきとした夫婦です。
では格差婚のため引き裂かれた…? 
いえいえ、そうではなくて、実は2人を結婚させたのは織姫の父・天帝なのです。
織姫は機織りの達人で、毎日・毎日、織物ばかりを作っている娘を不憫に思った天帝が、真面目で働き者の彦星と結婚させました。
婚期を逃した娘を降嫁させた、などと言ったら不遜でしょうか(笑)
ところが、結婚したとたん2人は暮らしが楽しくて働かなくなってしまい、天帝の再三の忠告に従わず、織物は作られず、牛の数が減ってしまいました。
ついに堪忍袋の緒が切れた天帝が2人を引き離し、以前のように仕事に精を出すと誓うなら、1年に1度だけは逢う事を許す、と厳しい条件を付けたのです。
こうして、自らの怠慢を反省し、愛する人との再会を果たすため、2人はまた日々仕事に励むようになった、という、自業自得とはいえ、とても気の毒なお話なのです。
これは「親に従い勤勉であれ」という儒教的な思想に基づく説教逸話なのでしょうね。

IMG_0918a.jpgさて「短冊に願いを書く」という風習は、七夕の別名とも言える宮中行事「乞巧奠(きっこうでん)」に由来します。
織姫と彦星の逢瀬を祝い、機織りの上手な織姫にあやかって、自らも針仕事が上達する事を祈願したとされています。また、短冊に文字を書くと習字が上達するとも言われ、宮中の女性たちは、こぞって短冊に願いを書くようになったとの事です。
う〜ん… もともとは出世を願うキャリアウーマンの風習だったのでしょうか…?
笹の葉に吊るす習慣は江戸時代から広まったようで、日本独特なものだとされます。
門松と同じで笹竹は神の依代と考えられていたので、縁起かつぎ、邪気払いなどの要素が加わったようです。お盆に関連する行事でもあり、秋の収穫を祈る風習でもあり、七夕は古くから親しまれてきた重要な年中行事なのです。

IMG_0914.JPG七夕に降る雨を「催涙雨(さいるいう)」または「洒涙雨(さいるいう)」といい、織姫と彦星が流す涙だと伝えられています。
雨が降ると天の川を渡れず2人は逢えない? 
いいえ、お話には続きがあります。
雨に悲しみ 途方に暮れていると、何処からともなく かささぎの群が飛んできて、天の川で翼と翼を広げて橋となり、織女を牽牛のもとへ渡す手助けをしてくれるのだそうです。
この、かささぎの件(くだり)には諸説あるのですが、2人の悲哀に対して後世の人々が付け加えたお話ではないかと思います。
雨が降っても2人は逢える!!  織姫と彦星の再会を祝し、あやかった願いが叶う事を、人々は望んだからではないでしょうか。

今年の東京は空梅雨ですので、かささぎのサポート無しで天の川を渡れそうですね。
皆さまの願いごとも叶いますように…

*写真は銀座中央通りの七夕飾り

posted by 銀座ピアースビル at 12:53| 季節のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月18日

紫陽花の花言葉

銀座ピアースビルのサイネージ 紫陽花バージョン

アジサイ.jpg


銀座の交詢社通りの沿道の紫陽花は、今が見頃です。
DSC_0054.JPG青と赤紫の大きな花は、この時期の雨に美しく映え、道行く人々を楽しませてくれます。
古来より愛されてきた紫陽花ですが、花言葉は少しネガティブなものが多いようです。
「移り気」「高慢」「無情」「浮気」「美しいが冷淡」等々…
花言葉は、その花の持つ特徴、性質などにもとづいて象徴的な意味を持たせているので、咲き始めから徐々に色を変えていく様が 「移り気」 とか 「浮気」 等と言う花言葉が誕生したのでしょう。 紫陽花は地中の酸性度によって色を変えるリトマス試験紙のような性質があるといいます。
色の変化が楽しめるので筆者は大好きな花なのですが、「移り気」「高慢」とは…
何とも残念な花言葉ですよね。
IMG_0696a.jpgでも! よく調べてみたら「辛抱強い愛情」「元気な女性」という正反対の意味もあったのです!
花言葉は古来より世界中で伝えられておりますが、各国に異なった花言葉が存在しており 「正解」 はおそらくありません。
これらの花言葉が、どこの国のものかは解りませんでしたが、花期が長く、雨の時期にずっと耐えているかのような様が、きっと「辛抱強い」とか「元気な」という象徴になったのでしょう。
紫陽花は白い無垢な蕾から、徐々に色を付け始め、咲ききった後も花びら(正確にはガク)を散らしもせず、色を失って枯れてしまうまで枝から落ちる事はありません。
なんだか、長い女の一生のような花ですね。

育て易く大型で豪華な花の紫陽花は、鉢花として贈り物にも重宝されています。
贈る時は、ぜひ「花言葉は辛抱強い愛情です」と付け加えてあげましょう。
間違っても「花言葉は移り気です」などと女性に贈りませんように…(笑)

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posted by 銀座ピアースビル at 00:13| 季節のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月14日

「ホワイトデー」のお話

銀座ピアースビルのサイネージ ホワイトデーモード!

ホワイトデー・ヨコ.jpg

バレンタインデーに頂いたチョコレートのお返しをする日のホワイトデー。
もうすっかり定着しているこの習慣は、日本独自の行事である事は、広く知られています。 バレンタインデーの普及に伴って、早くから様々なお菓子の団体、企業などが需要拡大を図って、キャンディ・マシュマロ・クッキーなどをお返しに、とキャンペーンを行ってきました。 きっと、チョコレートの爆発的な需要に発奮したからでしょう!
全国飴菓子工業協同組合の「ホワイトデー公式サイト」では、誕生秘話や歴史などが詳細に書かれていて、大変興味深い内容でした。
     http://www.candy.or.jp/whiteday/
ホワイトデーは、なぜ3月14日なのか? なぜ「ホワイト」なのか?
調べてみても、明確な由来はないため諸説があり、どれも後からこじ付けの感は否めません。
聖バレンティヌスの最初の月命日だから??? (無理があり過ぎ…では?)
キャンディデーやマシュマロデーの各団体の名称を統一して普及させたかったから?
「ホワイト」は、清潔感があるから? 様々な説がありますが…
今や、誰も、そ〜んな事、気にしてはいません(笑)
当初からバレンタインデーの「アンサーデー」としてだけ作られた「記念日」ですから、名前や日時は特に問題では無かったと言えます。
結婚祝い、新築祝い、出産祝いなど、マナーの世界では「1ヶ月以内にお返しを」と言われていますので、3月14日は覚えやすくで良かったからでしょう、ね♪

ある団体が普及を狙って大がかりな仕掛けをしても、なかなか定着には至らず、消えていった「記念日」は数多くあります。
にも関わらず、ホワイトデーが完全に定着したのは「頂きものにはお返しを」という、日本的な考え方が元になっているのは間違いありません。
やはり「礼」に対する儒教的な道徳心?なのでしょうか…
ですから、ホワイトデーは日本発の行事として、韓国・中国・台湾など、東アジア諸国でも広まっています。

さて、慶弔事には「半返し」。 でも、ホワイトデーには「3倍返し」 でしたっけ???
巷の情報誌や、店頭で、大きく取り上げられていますね!

それは、それは…  男性方には、大変お気の毒な事でございます…ね(笑)

posted by 銀座ピアースビル at 16:24| 季節のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

St. Valentine's day

銀座ピアースビルのサイネージ バレンタインモード!

バレンタイン・ヨコ.jpg


アメリカ在住の姪が「こっちではバレンタインは男の子からプレゼントを貰う日」と嬉しそうに話していました。
「女の子は何もしないの?」と聞き返すと 
「どっちからでもいいの。でも男の子の方からが多い」と。
「恋人たちが贈り合う日じゃないの?」 
「うん。本来は。でも、仲の良い女友達や、付き合いたい子に贈ったりするの」とのこと。
アメリカでもバレンタインは特別な日ではあるものの、ずいぶん事情が異なるようです。

バレンタイン・デーの由来は定説として、古代ローマ時代の聖バレンティヌスとされています。
当時は徴兵のため若者に結婚を禁じていましたが、バレンティヌスは密かに結婚をさせていたため、皇帝の逆鱗に触れて2月14日に処刑されたということです。
もともと、2月14日は独身の男女がくじ引きをして、付き合う相手を決めるというお祭りの日でしたが、200年後、キリスト教に改宗後のローマでは、風紀の乱れを懸念してこのお祭りを廃止して、同日殉教したバレンティヌスを祀る日として制定した、と言われています。
従って、キリスト教世界ではバレンティヌスの命日である2月14日は、恋人たちがカードや贈り物をし合う「愛の日」となり、現在もその習慣が根付いています。

名称未設定-1.jpgさて、日本では、女性が男性にチョコレートを贈る日となっており、もはや贈る対象は
「好意を寄せる相手」に限られません。
バレンタインの習慣は日本では独特の進化を遂げて
きました。 まさしくガラパゴス系ですね…

贈り物にチョコレートが登場したのは19世紀のイギリスだとされています。
大手チョコレートメーカーがバレンタインの贈り物用にハートのパッケージを作成したところ大ヒットとなったそうです。
それでも、まだ、チョコレートはたくさんある贈り物の一つに過ぎませんでしたが…。
日本でのチョコレートの定番化は、このエピソードに起因するようです。
昭和の初め頃から、欧米の習慣を聞いたメーカーがチョコレートの販売戦略としてバレンタイン・デーを持ち込み、百貨店のイベントで徐々に普及して行き、1970年代以降、完全に定着したそうです。
なぜ女性から男性へ送られるようになったのか… 百貨店の購買層が圧倒的に女性だったので、当初からターゲットは女性であり、自己需要よりギフトの方が販売力があると考えたのでしょうか?  いつ頃からキャッチフレーズとして、「男性に贈る日」となったかは不明ですが、もし、当初から「チョコレートを贈り合いましょう」としていたら、事情は変わっていたかもしれませんね。

名称未設定-2.jpg愛のために殉教したバレンティヌスのお話とは、いささか異なる日本のバレンタイン・デーですが、筆者はこの期間の甘いチョコレートの香りと、美しいディスプレイが大好きです。 世界中の美味しそうなチョコレートを眺めるだけで楽しい。モノが売れていく活気も大好きですし…  でも、自分が食べた〜い、貰いたい、って考えるのは筆者だけではないのでは?(笑)

         さて… 男性の皆さんは どうなのでしょう(笑)



posted by 銀座ピアースビル at 14:45| 季節のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

松の内と小正月

IMG_0849.JPG松の内とは、門松が飾られている期間の事で、通常は関東では1月7日とされています。
でも、銀座ピアースビルのエントランスには松の内を過ぎた今でも、門松が飾られています。
もちろん、片付けるのを忘れた訳ではなく、小正月まで門松を飾ると決めていたからです。
本来は小正月(こしょうがつ)までが松の内とされていました。
小正月とは正月の望の日(満月の日)の事で1月15日にあたります。元旦を大正月と呼ぶのに対し、このように呼ばれます。
関西では現在でも松の内は1月15日までです。
ではなぜ、関東では1月7日になったかと言うと、江戸幕府の命で短縮され、関東を中心に広まった、との事です。
短縮と共に飾り納めの「どんど焼き」も禁止された事から、江戸の防火対策と言われたり、将軍の命日と関係あるような説も多くみられます。
いずれにせよ本来は1月15日の小正月まで門松を飾っておいても問題はないのです。
今年は銀座ピアースビルのテナントさんの新年開店日は、多くが1月10日です。
この日が1年の始まりとなります。
縁起ものの門松でスタッフをお迎えしたいし、お客さまは歳神さまですので、門松に宿って頂きたくて、小正月まで飾る事を決めました。
お正月飾りも、だるまさんのデジタルサイネージも、同じく小正月まで続行します。

「7日過ぎて門松はみっともない」「いつまでも正月気分に浸ってはダメ」ですか?
いえいえ、これは、大切な1年の初めの行事として、どうぞご理解くださいませ 揺れるハート

posted by 銀座ピアースビル at 13:36| 季節のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月06日

仕事初めの「縁起だるま」

DSCN7349.JPG

「だるまの目はどちらから入れるんだっけ?」
1月5日の仕事初め、銀座ピアースビル8階の事務所では、新年のミーティングで今年の目標をを定め、スタッフ全員で、だるまの目入れを行ないました。
daruma2.jpg「福だるま」「願掛けだるま」とも呼ばれる縁起だるまは、願いを込めて目入れをする慣わしがあります。
政治家の選挙パフォーマンスでよく見る光景ですね。
今回は「縁起だるま」の由来について調べてみました。

発祥の地とされる高崎市の少林山達磨寺のホームページによりますと、古来、達磨寺では一年の禍いを除くお礼として、正月に近在の家々に一筆達磨像を配っていました。
天明の飢饉あと、和尚は苦しい農民たちの副業になるようにと、この像をもとに木型を彫り、作り方を伝授し、七草大祭に売り出されたのが始まりとされています
最初の一筆だるまに似た「坐禅だるま」が、次第に繭の形に似た「繭型だるま」になり農家に広まりました。
段々評判になるにつれて形が丸く、起上りやすくなり、現在の「縁起だるま」の形となり一般の人達にも広まって行きました。
養蚕農家が七転び八起きにあやかって、「蚕の起き」がよくなるよう、成長の祈願するため、眼を描かず願いを込めて片目(向かって右)に墨を入れました。【「蚕の起き」とは、成長する過程で4度頭を起こして眠り=起き休み、それを繰り返す事によって、立派に成長するのだそうです】
やがて蚕が良い繭を作ると、残った片目にも墨を入れて、大当たりと喜び、お祝いをしたそうです。
つまり、縁起だるまの目入れは、達磨大師の不屈の精神にあやかり、目標(願い)を立てて、精進努力して無事達成するよう願いをかける習慣となった、という事です。

銀座ピアースビルでも、今年の目標を定め、社員一人一人が丁寧に目を書き入れました。  商売繁盛、ビルの安全、または個人のスキルアップ… 
様々な願いが込められています。
昨年は悲しい震災の年でした。
一日も早い復興と、震災に会われた方々の幸せを願わずにはいられません。
今年は良い年となりますように…

少林山達磨寺ホームページ http://www.daruma.or.jp/

posted by 銀座ピアースビル at 21:07| 季節のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

謹賀新年

2012 年賀web.jpg

銀座ピアースビル 一同


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2011年12月28日

門松のお話

お正月の風物詩である門松は、もちろん単なる飾り物ではありません。
神様(歳神)の依代とされ、下界に降りてくる時の目印と言われています。
DSCN3697.JPG玄関先を清め、悪い鬼、又は邪気などが家の中に入らぬように門松を立てて、歳神を招く風習として広まりました。
古より木の梢に神が宿ると考えられていて、常緑樹の松が一般的になったようです。
でも、門松で目立つのは松よりも竹ですよね?
それは「松は千歳を契り、竹は万代を契る」という諺から、縁起をかついで歳神が永遠に宿るように、との願いを込め松と竹を組み合わせたそうです。
歳神は本来「豊穣の神」であり、新年に招かないとその年の豊作は望めないと考えられていたので、門松は大切なアイテムだったのです。

竹の先端の形は、斜めに切った「そぎ」と、平行に切った「寸胴」の2種類があります。
古くからの「寸胴」に対して「そぎ」は、徳川家康が唯一の敗北である武田信玄に対し、「次は武(竹)田を斬る」という念を込めて、斜めに切った事から江戸時代以降に広まっ
たとされ、今では最もポピュラーな門松となっています。
縁起ものには若干そぐわない由来のような気もしますが、
徳川家はその後、繁栄を極めたので 「 心願成就の証 」
なのでしょうか。 成り立ちはともかく、筆者は竹の精悍さが強く感じられる「そぎ」の門松は好きです。
銀座ピアースビルでは、昨年は伝統的な「寸胴」の門松でしたが、今回は「そぎ」を選んでみました。
今年はエントランスをリニューアルしたので、華やかさを演出するため、少しアレンジを加えてみたかったのです。それには、より馴染みのあるタイプが良いだろうと考えたからです。

門松のアレンジは実に様々な様式があります。関西では葉牡丹を植え込み、竹を覆うほどの松や南天で飾られ、とてもゴージャスです。
IMG_0846a.jpgまた、「モダン門松」と呼ばれる洋風建築に合うようなフラワーアレンジも多数あり、それはそれは美しいものです。
そこまで立派なモノは作れなくても、ちょっぴりドレスアップなら…と、挑戦してみました!!
しめ飾り、橙、縁起花センリョウ(千両)、扇…等々 
ちょっと欲張りかな、と思いつつ、鋭い松の葉に苦戦しながら掻き分けて飾り付け。

出来栄えはいかがでしょう?

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「シンプルな方がずっといい」 な〜んて、お声も聞こえてきそうですが…
クリエイティブな向上心に免じて、今回は大目に見てくださいませ(笑)

縁起モノのひとつひとつの意味を学びながら、スタッフが心を込めて飾った門松に、
歳神さま(お客さま)が どうか喜んで宿って下さいますように。

  よいお年をお迎えくださいませ

posted by 銀座ピアースビル at 23:11| 季節のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

X'mas から お正月へ

12月26日… 華やかだったクリスマス飾りが一斉に撤去され、銀座の街はお正月モードに変わりました。

DSCN7311.JPGDSCN7307a.jpg

もともとのキリスト教の国々では「The Twelve Days of Christmas」と呼ばれる、
キリストの生誕の12月25日から12日目までをクリスマス期間としています。
DSCN7319a.jpg従って、12日目にあたる1月6日以降にクリスマスツリーや飾りを片付ける慣わしがあります。
そういえば、ニュース映像で海外の新年カウントダウンには、背後にクリスマスイルミネーションが映っていることがありますね。
アジアの近隣諸国は旧暦で生活しているので、お正月は2月。 中国でも韓国でも、ツリーを片付けるのは12月26日ではなく、新年を挟んで旧正月近くまで飾られていたりします。

日本では、明治政府が西洋に習って陽暦を採用したため、1月がお正月になりました。
12日間のクリスマス期間を祝わず、一夜にしてクリスマスからお正月にチェンジするのは、もしかしたら日本だけかもしれませんね。

前職が小売業だった筆者にとって、12月25日の夜は一年で一番忙しい夜でした。
大量の飾りを片付け、商品を入れ替え、ディスプレイも変更… 大きな売場設置やショーウィンドウ担当の場合は、徹夜作業になった事もしばしば。
クリスマスの夜、街に消えていくカップルを横目で見ながら、黙々と作業をしていたものです。  と、これは余談でした(笑)

DSCN7292a - コピー.jpg「洋」 のクリスマスから 「和」 のお正月への模様替え… 
筆者は、このメリハリが大好きです。
日本人の多様性に満悦すると伴に、一年の締めくくりと
新年を迎えるため心機一転となる、大事な儀式のような気がします。
銀座ピアースビルでも、エントランスや各テナントが一斉に模様替えをしました。
早々に門松が届き、デジタルサイネージもお正月バージョンに変わっています。
今年もあと数日… 短い期間ではありますが、訪問されるお客さまやスタッフの方々に楽しんでいただけましたら幸いです。

DSCN7302a.jpg111027ピアースビル_ヨコ 正月用.jpg


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posted by 銀座ピアースビル at 00:40| 季節のお話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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